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2005年4月の1件の記事

■第2話

 後の日本外交といえば、全て“事無かれ主義”の“土下座外交”の連続で、“臭いものに蓋式”の“棚上げ外交”の連続だった。
 戦後、アメリカの植民地にされたのだから仕方が無く、独自外交ができるはずも無いのだが・・・・・もし日本が極端な独自外交でもやれば最後、田中角栄のように足元をすくわれ、「政治家=善人」でなければならないとする、日本人の成長しきれない心理を利用され、政治的に葬られるのがオチである。

 その独自外交不要体質が骨の髄まで染み込んだのが自民党であり、結果的に難しい外交は全て棚上げにしてきた。対処できないからである。
 今でこそ時代は少しずつ変わったが、その代わり、日本外交は棚上げ式から妙に大人びて聞こえる「冷静」という言葉に変わった。日々、“冷静に”が踊る毎日だが、やっていることは「冷静に見ている」だけである。看板が変わっただけだ。
 見ているだけで外交ができれば苦労は無いが、少し前まで、自民党の専門用語は、川口前外相の「粛々と」だった。が、結局、あの女外相も粛々と見ているだけで何もしなかった。
 土下座→棚上げ→粛々→冷静、と、言葉だけが変貌したが、やっている棚上げ手法は今も変わらない。変わった様に見えるのは、放っておいたツケがきて、尻に火がつきジタバタあわてている姿に過ぎない。
 日本人はいつも手遅れにならないと腰を上げない。だから全てが後手に回る。

 最近、自民党の若手議員たちが、付け焼き刃外交の手腕を発揮しようと試みた北朝鮮への間接的制裁も、溜飲を下げるだけの不発で終わった。
蟹やアサリの輸入を船舶保険で停止させた手腕は、案の定、北朝鮮が中国経由で日本に輸出するだけで簡単に突破されてしまった。結果といえば、国内の流通業者がダメージを受けただけ。これが今の自民党外交の限界だ。
 一方で、日本人の国際感覚は狂っていると言われるが・・・・・それはある意味で当たっている。

 戦前の日本が行った「戦争」にしても、日本側からすれば、「韓国併合」も、当時の帝政ロシアの露骨なまでの南下政策に対抗する戦略として間違っていなかった。ロシアの南下政策の目的の一つが、日本への武力侵略と征服だったからだ。日本が朝鮮を併合していなければ、間違いなく朝鮮はロシアに侵略されていた。

 戦争は国連の常任理事各国も昔から率先して行ってきた外交手段の一環だった。特にイギリスやフランスは、アジア、アフリカ諸国への弾圧や植民地政策を我先にと行ってきた。
 誤解を覚悟で極論すればだが、戦争とは国際的に容認された“外交の最終手段”といえる。勿論、負ければ戦勝国側が善として君臨するルールではあるが。
 戦争と侵略の違いは紙一重だが、侵略を正当化するために起こす戦争まである。それらの歴史と国際常識を、今の日本人は基本的に全く分かっていないといえる。これについては、戦前の日本人の方が、今の日本人より遥かによく分かっていた。が、悲しいかな国際舞台の経験が浅く、戦術はあっても戦略がお粗末だった(無かった)。また、軍の官僚化に伴い指導部が硬直して自滅した。

 とはいえ、世界で戦争をしたのは日本だけではない。世界中の先進諸国で戦争をしなかった国はほとんど無いはずだ。なのに、日本人だけが病的なまでに自虐状態に陥っているのである。だから中国側に、外交カードで利用されるのである。
 「中国を侵略した日本は悪である。何の反省もしていないからだ!」・・・・・中国よ、お前はそんな奇麗事を平然と言える国なのか?
 「アヘン戦争」で中国をズタズタにしたイギリスに対し、お前は(今は)何と言っているのだ?
清朝の崩壊を推し進め、中国を分割させ各国で統治しようと画策したアメリカを含む欧米各国に対し、お前は(今は)何と言っているのだ?
 毛沢東の時代ならいざ知らず、今も欧米に言えるわけがない。そんなことを言っていれば世界に笑われるからだ。
 それはそうだろう。中国よ、お前も独立国だったチベットに武力侵略し、百万人もの罪も無い一般人を含む僧侶たちを、宗教はアヘンであるという理由で大虐殺したからだ。
 そんな馬鹿な理屈が通用するのは、島国根性で萎縮しつつづけ、国際感覚音痴の日本人にだけである。
 侵略は欧米各国もしてきた行為だ。日本の大陸への侵攻は歴史的事実だが、中国も「元寇」で日本を侵略しようとした。
 「あれはモンゴル(元、または大元)なので漢民族とは関係がない」という論法は通用しない。
 元が北中国を平定した際、南宋に逃れた中国人がいたことぐらいは認めよう。しかし、ほとんどの北部中国人は元の下で統治され、元の中枢部に漢民族の劉秉忠や段韃がいたことは歴史的事実である。さらに言えば、元の首都「大都」は今の北京である。
 フビライ・カーンは、その南宋さえも滅ぼし、後に元は清朝となって明治以降まで存続する。つまりシナ人とは清朝が治めた中国を意味する「支那China(チャイナ)」から来ているのだ。
 滅ぼされた南宋は、その後、フビライ・カーンに水軍を提供し、十万もの元軍の一画を占めている。よって元寇に中国人は無関係と断ずる中国共産党は、歴史を曲解し大嘘をついている。

 その清と「日清戦争」を行った日本を、中国共産党は「中国を侵略したけしからん国だ!」と非難するわけだから発言に矛盾があり、完全なダブルスタンダードである。
 さらに言うなら、韓国も、元軍の手先の高麗軍として朝鮮半島から2万人も加わり、対馬を陵辱し、島民の女子供の腕に穴を開け、綱を通して連行した。もしかして、その時の侵略を成果として、「対馬」を韓国領と発言しているのか?
 さらに先の大戦で日本はアメリカに敗れたのであり、中国と朝鮮(韓国・北朝鮮)に敗れたわけではないということだ。つまり中国が胸を張る「対日勝利60周年」こそ、中国共産党の大嘘なのだ。
 日本の大陸侵攻を止められなくなった中国は、アメリカに対し、大陸から日本軍を追い出してほしいと頼み込んだ事実があり、それがアメリカの秘密文書の公開から明らかになっている。
 「ハルノート」は何パターンか用意されていたが、最終的に中国を支援するパターンが選ばれたのは、中国が泣き叫んだからである。

 サッカー場で「小日本!」と叫ぶ、戦争の裏も知らない中国人サポーターたちを、もし戦前の日本の軍人たちが時を越えて見ていたとすれば笑い転げるだろう。
 別に日本の戦争を美化するつもりも無いが、中国や韓国(北朝鮮も)が要望する歴史解釈の事実として、中国は「日清戦争」で日本に負け、「日中戦争(日華事変)」で大敗した。これが世界史的にも「正しい歴史観」だ!
 現在、韓国は、太平洋戦争の戦勝国側に自国を加えるよう、裏でコソコソ画策しているようだが、それこそが捻じ曲がった歴史観だろう。中国も韓国も、外交の延長でどの国でもやっていた戦争では、日本に負けつづけたのである。
 旧ソ連の参戦は、アメリカが日本本土への侵攻の際に蒙る膨大な戦死者を防ぐ意味で誘い込んだに過ぎず、首の皮一枚とはいえ、日本はそのロシアに「日露戦争」で勝っているのだ。

 最後に、中国よ、韓国よ、北朝鮮よ・・・・いつまで誤魔化しが通用すると思っているのだ。
 今の我々に戦争の責任をとれと言われても・・・・私を含む多くの日本人は、その戦争すら関係の無い世代なのだ。
 その世代に向けて、戦争の責任を感じろとはとんだ歴史観である。共産主義を標榜する中国は、北朝鮮と同じく、歴史を平気に捻じ曲げる。■

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