■Bー23 「世論」&「輿論」!!
戦後世代は、 「世論」と「輿論」の違いを全く知らずに育っている!!
読みは「世論(せろん)」と「輿論(よろん)」だが、戦後教育の中、世論を“よろん”とも読んで、世論に統一してしまった。学校でも新聞でも同じ動きを見せ、今に至っては世論しか知らない世代で満ちている。
では世論と輿論の違いとは何なのか?
世論とは、世間一般の意見をいう。大多数の民衆の意見といってもいいだろう。一方の輿論とは、公的な意見をいう。公的とは「公(おおやけ)」という意味で、国家を示す。つまり民衆の意見を世論、国の指針を輿論という。
現代の日本に当てはめると、民主党が推し進める公共事業見直しの象徴「八ツ場ダム」(群馬県)の地元民と、彼らの意見に同調する多くの意見が世論で、民主党政権が宣言するダム廃止が輿論となる。
おそらくマスコミは、八ツ場ダム住民に同情的なキャンペーンを張り、民主党が重視する「地方重視・地方分権」に反し「友愛」にも反するのではないかと民主党攻撃を展開するはずである。そして国民の意見をパーセントで表し、この世論を無視する政治を独裁と同じと言い出すかもしれない。
昔から日本人は国民の声を“天の声”というが、それは不遜な意見だ。それが暴走すると幕末に闊歩した“天誅”となり、戦中の日本人の多くが叫んでいた鬼畜米英に反する意見を言うと“国賊”にされる事態を招く。
世論とは世界共通ではない。よって日本の世論を勝手に神の声と決め付ける行為は傲慢であり不遜である。
明治新政府が「脱亜入欧」で進めた「文明開化」は、公がヨーロッパ各国から良い点を集め、日本に持ち込んだ結果であり、国民が世論で動かしたわけではない。しかし、国家が全てを決定する「中央集権」に偏ったため、軍部が悪用して、最高の公である天皇を利用し、結果的に国を破壊した。
明治時代の日本では、「自由民権運動」が活発で、自由平等を求め、それが大きな世論になっていた。が、それを当時の公の輿論が封殺した。
このことから、世論と輿論はバランス感覚が重要で、そのどちらに傾きすぎても国が動かなくなる!!
よって、八ツ場ダムの扱いが仮に民主党主導で廃止されたとしても、それで世論(輿論を一緒くたにした一方的セロンの意)に逆らう暴挙と断ずるのは間違いということだ。おそらく自民党や公明党は、それを盾に民主党攻撃に出てくるだろう。
しかし、それは民主党判断の輿論の結果である。そこを安易に妥協し、世論を重視したと誤魔化せば改革は反対意見で封殺され、自民党と同じいい加減な似非改革で終わるだけだ。
国の仕組みが激変するのが「政権交代」であり、全てが丸く収まることをいうのではない。明治維新で起きた武家社会崩壊で多くの侍が職を失ったように、過去の社会システムは消え去るのが常である。
それを国民が期待した以上、時に政策は非情であるべきで、激変の保障を行なってやればいい。そこを甘くすると、他の公共事業の周辺住民の声にも掻き回され、結局何もできなくなるだけである。
世論がいつも正しいとは限らない。その場合、輿論で決行するのも公の責任だが、問題があるとすれば、全ての問題を輿論一辺倒で押し切らないことだろう。
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